国民健康保険をめぐる記事の最後です。
今回はいつにも増して大きな話となりますのでご了承ください。
これまでに書いたように、国民健康保険料の引き下げ、改善を
求めるにあたっては、国民健康保険法の「社会保障」の趣旨を
生かして行政に要求し、普遍的な人権としての医療を受ける権利を
基盤として広く市民に訴えていくという戦略になります。
しかし、中長期的に見た場合、いずれ運動も矛盾にぶつかる時がくると
思われます。それは、日本の社会保障の枠組み全体が抱えている
矛盾です。ここをどう乗り越えるかが中長期的な医療運動、社会保障
運動のカギだと思います。
一つは、「社会保障」を掲げる国民健康保険制度と、一定のグループ
での共助を基盤とする健康保険制度が並立していることによる矛盾です。
もう一つは、国民健康保険制度が内包する矛盾です。社会保障であり、
かつ同時に「保険」でもあるという矛盾、特に
その中でも負担力が低く疾病リスクが高い人を多く抱えていることです。
例えば、会社で働いている人でも、正社員ならば会社の健康保険、
非正社員や派遣は国民健康保険、ということがよくあります。
登録型派遣や個人請負労働者はほとんどが健康保険の対象になりません。
つまり、雇用形態によって、まったく医療保険の仕組みが異なり、非正規は
共助から排除され、事業主の負担もなくなっているということです。
これは正社員と非正社員の間の格差、不公平を生み出すだけでなく、企業が
正社員雇用ではなく非正社員や外注を指向する動機付けになってしまっています。
また、収入が少ない世帯ほど、一般的に疾病のリスクは高まります。
一方で、医療費や保険料の支払い能力は当然ながら低くなります。
定年を迎えた高齢者も、多くが国民健康保険に入ります。
私達は「国民健康保険は助け合いではなく社会保障だ」と訴えて運動しますが、
そうした人たちを多く抱える国民健康保険が、そもそも「保険」として
存続すること事態に、実は無理があるのではと思います。
ここをどう乗り越えるのか、実は、「体制」の側、つまり社会保障に対して
積極的でない側は、すでにこの問題に手を打ってきています。
「制度間の不公平を是正し、公平な社会保障を実現する」といううたい文句で。
いくつかの案が出されていますが、ほぼ共通している項目は
・保険料の事業主負担分は廃止する
・社会保障のための目的税とした消費税(15〜20%)で、社会保障の
国庫負担などの基本部分をまかなう。
・医療保険は地域保険(今で言う国民健康保険)に一本化する
・医療保険は都道府県単位の独立採算として、個人からの保険料と国庫支出金
などで運営する。
というものです。
お気づきと思いますが、これだと社会保障の財源はもっぱら個人負担の保険料、
個人負担の消費税になってしまいます。個人にとって大変重い負担となる
ことが予想されます。そして事業主負担はなくなります。
(「社会保険の事業主負担が高いから賃金が上がらないし雇用も増えない。事業主負担を
廃止すべきだ」などという意見もありますが、事業主負担を廃止するならば
その分をまるごと賃上げしてくれなければ個人の負担が増えるだけですし、
そんな賃上げのほうが非現実的です)
また、個人の負担も、保険料は累進型ではないので、相対的に高所得者に
軽いものになります。(それでも、かなり今より高くなるかもしれませんが)
こんな制度では、収入を増やそうとすれば個人保険料か消費税が増えることになり、
今後高齢化のピークを迎えるにあたって、給付は増える中、
保険料や一部負担を払えない人が増え、慢性的な収入不足が起きて、
支出をムリヤリに削る、つまり医療の給付を制限せざるをえない、
となる可能性が高いです。
それは個人の健康をこわし、また医療機関の診療報酬も削って
医療崩壊をふたたび大規模に起こすことになると思います。
そうした動きに対して、運動の側も積極的な対立軸、ビジョンを
打ち出していく必要があると思います。
以下、私の恩師である芝田英昭先生の意見を参考に、私の考えを述べます。
まず、公的医療保険は、「保険」として運営することに無理があると思います。
年金と異なり、負担と給付が比例しないからです。
むしろ所得が低く保険料の負担能力が低い人ほど、疾病の危険は高いとさえ
いえます。また、所得が高く、保険料を高く払ったからといって
受ける医療が違うわけではありませんし、またそうであってはなりません。
基本的には、公的医療は保険ではなく公的医療保障、つまり「税方式」で
行うべきだと思います。
イギリスも、医療分野においては税方式の「NHS」を運営しています。
税方式といっても、「社会保障目的の消費税」などではありません。
個人の保険料負担は、そのまま国保税として名称だけ残すか、
そもそも廃止した上で、国全体で所得税、法人税などの
一般財源の中で調整するかです。
また、個人は税を応能負担で負担する一方、窓口負担は原則ゼロ、
食事代や保険外負担分だけとします。医療を受ける権利の保障の
ためには、窓口負担は大きな障壁であり、特に3割負担は高すぎます。
しかし、乱診乱療や時間外医療へのコンビニ受診を防ぐために
初診料のみを自己負担とするぐらいはやむをえないかもしれません。
財政は、保険料による独立採算ではなく、財政面は国に一本化し、
一般会計からの拠出で行うようにします。医療の給付にあたっては、
都道府県や市町村も法定負担を行います。
運営単位は顔が見える関係であり、また一次医療圏でもある
市町村単位で行うことが望ましいと思います。運営や財政面などの
最終責任は、現在の国民健康保険と同じく国が持ち、日本国中どこでも
安心して医療が受けられる仕組みを維持します。
そのうえで業務上必要があれば都道府県単位などの事務組合を作ると
いうのがベターかと思います。
そして、保険制度が並立している問題では、やはり地域保険に一本化する
方向が良いと思います。
その場合、事業主負担をどうするかという問題があります。
今の健康保険の事業者負担は「法定内福利」という位置づけです。
自分の企業が雇用している社員個人に対する福利厚生の一つとされています。
同じように働く人たちの間で、福利厚生に格差があるというのは
それ自体がおかしいことであり、働くルールからも是正する必要があります。
結論から言えば、「保険料の事業主負担」という形ではなく、社会保障目的
の税金を別の方法で負担してもらう形が良いのではないかと思います。
事業規模や人件費をベースにした、外形標準課税が考えられます。
これならば雇用形態による差は出ませんが、会社からは反論が出ると思います。
「社員に対しての福利厚生ならともかく、なぜ企業、事業主が社会保障に
対して負担をしなければならないか?」と。
これに対しては、労働者、消費者など「人あっての企業、人あっての経済」
であるという企業の社会的責任の考え方と、
すべての労働者が、急な病気や怪我への備えを含んだ賃金を受け取れるわけはない(分かりやすく言えば、上に書いたように、事業主負担分
をなくした分、会社がそれをまるごと、また将来にわたって継続して賃上げする
などということはありえない、ということです)という賃金の構造を
根拠にしたいと思います。
労働者が働いて企業にもたらした粗利の一部を、広く社会に還元させるものです。