2011年08月05日

貧困・格差の解決に向けてB

貧困・格差の解決に向けて@
貧困・格差の解決に向けてA

の続きです。

日本の格差と貧困の問題をいかに解決するか。@社会保障、A労働政策
と続きましたが、最後に、それらを実現する財源もふくめた税の問題
について述べたいと思います。

B所得再分配を重視した税制への転換
・所得税の累進性強化、資産所得に対する課税の強化

日本の所得税はかつては強い累進課税制度で、最高税率も75%
でしたが、今は37%、半分になっています。

そのため所得税の税収額もその比率もともに低下しています。
また、証券取引に対しては10%の優遇税制が行われ、期限付きの
政策のはずが何度も延長されています。

社会保障の充実には財源が必要ですが、その財源が
累進課税による「応能負担」でなく、「一律負担」や「応益負担」では、困っている人、社会保障を必要とする人に
相対的に重い
負担を課すことになってしまいます。
まずこの部分に手を付け、累進課税をもとにもどすことが必要です。
また証券取引など金融資産に基づく所得に対しては、総合課税と
するか、別枠の上で20%〜30%しっかりと税金を取るということが
考えられます。これにより2兆円近い税収が見込めます。

ここで、累進課税の倫理的な問題を考える方もおられるかと思います。
いっぱい働いてお金を儲けても、たくさん税金を取られるのでは
働く気をなくすのではないか
。怠け者が増えるのではないかという
心配です。しかし、人が働く動機と税率との関係は、多くの研究者の
研究にも関わらず、実は証明されていません。
そもそも、人が働く動機は、自分の手元に入るお金の多寡だけでは
ありません。仕事のやりがい、名誉、探究心、競争心、さまざまな要素が
絡んでいます。
また、特に資産所得は景気など外的な理由で左右されることが多く、
これに対して課税が強化されても、働く意欲と関係が深いとは考えにくい
ですし、むしろ資産所得への課税が緩いほうが働く意欲をそぐのではとも
考えられます。
(なお、しばしば誤解されることですが、所得税などの累進課税は
「超過累進課税」という仕組みであり、最高税率75%といっても、所得
1億円の人が7500万円を税金に取られるわけではありません)


なお、今の日本の所得税の基礎控除は年間38万円であり、最低生計費
からみてもあまりにも低い水準です。大幅な引き上げも必要です
・消費税を換骨奪胎して、最低生計費には消費税をかからなくする

日本の消費税は一律5%の税であり、生活必需品にも同じように
課税されるため、低所得者ほど負担が重いものとなっています。
私は今国がやろうとしている消費税増税に反対するだけでなく
消費税は廃止も含めて抜本的改正が必要であると考えます。
他方「消費課税」には、脱税・節税がされにくい、景気の影響が
所得税や法人税に比べて小さいというメリットがあり、また
法人税や所得税では把握できない部分において、一定の再分配の
要素も含んでいます。「消費課税」というシステム自体は必要です。
そこで、私は消費税を換骨奪胎する方向を目指したいと思います。
日本の消費税は5%で、世界的に低いと言われますが、国の税収に
占める消費税の割合は22%で、消費税の税率が25%のスウェーデンと
ほぼ同じ水準です。なぜこうなるのでしょうか。
スウェーデンやイギリスなどでは、生活必需品、医療、教育、文化など
広い範囲で、消費税非課税またはゼロ税率、もしくは軽減税となって
います。それゆえに税率が高くても、日常生活ではあまり消費税を
払わなくてよい仕組みです。
日本でも広範な非課税、ゼロ税率、軽減税率を取り入れ、最低生計費から
消費税をあまり払う必要がないようにすべきです。


その上で税率を上げることはある程度許容されると思います。
消費税導入前、日本には「物品税」という税金があり、生活必需品で
ないもの、主にぜいたく品にかけられ、その税率は普通自動車が23%
など、おおむね今の消費税よりも高いものでした。
消費税導入(3%)時、国はこの物品税廃止を強調し、
「ぜいたく品は大幅減税です」と宣伝していました。
しかし、当時を知る人にお話を伺うと、そもそも物品税の負担が
「重い」とか「税金が高いからぜいたく品が買えない」などと
思ったことはないということです。

・法人税の見直し、累進課税化

日本の法人税は、40%で外国よりも高いと言われますが、さまざまな
優遇税制で実質負担は高くなく、社会保険料負担が小さいため
むしろ負担が低いと言われます。

前項のように、企業にきっちり負担をしてもらったうえで、
あらためて法人税の税率を考える必要があります。
一部大企業にしか使えないような優遇策は廃止し、
利益を「ため込む」のではなく人や物に積極的に投資する企業に
インセンティブがあるような法人税の体制にするべきです。
その方法として、累進課税化もありではとおもいます。

日本の貧困・格差を解決する方法について私見をつらつらと
書きましたが、ぜひとも多くの人にともに考えていただく
ことができればと思います。
格差や貧困がひろがる社会は、決して「頑張る人が報われる社会」
にはなりません。
せいぜい「『条件に恵まれた一部の』頑張る人が報われる社会」
であり、「『条件に恵まれない多くの人は』頑張っても報われない
どころか、まともな生活も維持できない」社会です。
posted by 向川まさひで at 23:54| Comment(11) | TrackBack(0) | 社会保障 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そもそも「応能負担」に定義はありません。比例税(一率課税)も「応能」です。逆に「平均所得以上は全部没収」というのも応能、消費に応じた税も応能です。

応能負担=累進課税 というのは独自解釈でしかなく、論点のすり替えです。

古代は人間の数、中世は土地、近世は資本、近代前期は取引高などがそれぞれ「能力に応じている」とされていました。

所得という一要素にすぎないものに過剰な負担をかけることは、これから稼ごうとする人や現役サラリーマン、庶民労働者に著しく不公平に課税することになります。

既に資本・資産があるお金持ちをかえって優遇することになり、フローしかない貧乏人サラリーマン(1000万円程度の所得は庶民です。所得ゼロの地主なんか幾らでもいますから)を苦しめる。


そもそも消費税増税分を所得税で行うとすべての所得階層で税率を2倍超にする必要があり(最高税率100%超えますね!)、働く者は半分をお官僚様に強奪され、働く喜びを喪失します。資本家による搾取どころではありません。(筆者はカネと労働の喜びは関係ないという思想らしいですが、適切な評価と報酬が与えられなければどんな意欲的な労働者も絶望します。そもそも労働と報酬は別箇なものではなく一体です。「儲けることを目的としない」商売はあり得ません。たとえば、全く売れないと知っているものは売られませんよね)
Posted by 自由主義者 at 2013年06月09日 17:16
応能負担即ち累進課税ではなく、応能の定義は時代や社会によって異なるというのはおっしゃる通りです。

しかし、貨幣経済が高度に発達し、労働や貸借の対価として貨幣を受け取る人が大多数である現代日本では、所得というのは生活の余裕、担税能力をはかる重要な物差しであり、とりわけ格差是正という観点では最も重要であると思います。
資産も重要な物差しですが、同じ資産価値でもそこから上がる利益はおのおの異なります。そして格差を拡大・再生産しているのは資産が生み出す資産性の所得や譲渡所得であり、これらの所得からの社会還元(課税)が適切に行われていないことにあります。所得が億を超える高額所得者の所得税負担の不均衡(所得1億円の人よりも5億円以上の人の方が実質税負担率が低い)はそのもっとも端的なものです。
ゆえに、格差是正と負担の公平化のためには資産そのものよりも資産が生み出す所得にまず着目し、そこに適正な負担を求めるべきと考えます。

もちろん、それだけでは格差是正は不十分なので、資産課税についても考える必要があります。私たちは相続税対象額で5億円を超える資産に対しての「富裕税」創設、相続税最高額の引き上げを提案しています。

所得税の累進課税強化がサラリーマンにとって過重な負担とおっしゃいますが、私たちはその財源を社会保障制度改革にまわし、低・中位所得の勤労世帯を苦しめている社会保険料の軽減、医療・介護自己負担の軽減を図ることにしています。ですので「これから稼ごうとする人や現役サラリーマン、庶民労働者に著しく不公平」にはなりません。

所得1000万を「庶民」というかどうかは解釈が分かれそうですが、しかし「フローしかない貧乏人」と「所得1000万円」は結び付かないと思います。家族構成や消費性向にもよりますが、サラリーマンで所得1000万円あれば、貯蓄・保険・投資などの方法で、失業など急な家計変動リスクに備えたり、将来の支出に備えたストックをある程度持つことができるのではないでしょうか。
私たちはそういう資産の形成を妨げるつもりも、そこから高率の税を取り立てるつもりもありません。しかし、その資産から一定以上の所得が生じた場合には、応分を所得税として納めていただきたいという立場です。

>そもそも消費税増税分を所得税で行うとすべての所得階層で税率を2倍超にする必要があり

そのような必要はありません。
証券優遇税制の廃止で約1.5兆、総合課税化すれば約2兆円が増収となります。
所得税の累進課税の強化、一つのモデルとして税率構成を1987年水準に戻した上で基礎控除を引き上げた場合、およそ約6.3兆円の増収に。
富裕税創設(最高3%)と相続税最高税率引き上げで約1兆円の増収に。
法人税の優遇税制を見直し、実質負担率が25%を切っている企業に応分の負担を求めて、約2.5兆円の増収に。
為替投機取引に対する課税で約0.6兆円の税収に。
ここまでで約12〜12.5兆円です。
消費税5%引き上げによる増収見込みを上回ります。
ここに、予備費見直し、大型公共事業見直し、政党助成金・官房機密費廃止、思いやり予算廃止などの歳出見直しと、
最低賃金引き上げとサービス残業根絶など雇用改善による国民の担税能力向上策をあわせれば、より多くの財源を調達することも可能です。

>働く者は半分をお官僚様に強奪され、働く喜びを喪失します。

どれぐらいの税率を想定しておられるのでしょうか。
最高税率が仮に75%としても、所得の実質半分を所得税や住民税の支払いに充てなければならないのは、最高税率を課せられる人の中でもごく一部になるはずです。
また、もし所得の半分が税金に消える社会であっても、働いて儲けに貢献した人とそうでない人の差ははっきりつくわけですし、税金がインフラや公共施策で自分たちの暮らしに役立っていることが実感できる社会であれば納得できるのではないでしょうか。そして、勤労意欲をなくすこともないでしょう。
たとえばスウェーデンは所得税最高税率56%、他の税も含めた国民負担率は70%に達していますが、国民の就業率、一人当たりGDPは日本よりも高く、国際競争力指数も10位以内をキープしています。

>筆者はカネと労働の喜びは関係ないという思想らしいですが、

そのようなことは、どこに書いてありますか?

この記事では
「人が働く動機と税率との関係は…証明されていません。」
「人が働く動機は、自分の手元に入るお金の多寡だけではありません…さまざまな要素が絡んでいます。」
と書いていますが、他のところでも同趣旨の内容しか書いていません。

>適切な評価と報酬が与えられなければどんな意欲的な労働者も絶望します。

それは確かにそうでしょう。しかしそれが所得税の税率とどう関係するのですか。
適切な評価と報酬に対して責任を負うのは雇い主、事業者です。また、報酬の金額の水準は、法的社会的に規制されている部分以外は基本的に市場原理で決まります。

そこに所得税は何ら関わるものではなく、結果としての所得に対してかかる税金です。多いときには多目に、少ないときには少なめにかかるものです。それでもきちんと所得の差はつきます。所得税を払った後の手取り金額が「不当に低い評価・不当に低い報酬」であると感じるならば、それは所得税ではなく、もともとの所得額が自分の仕事に見合っていないと感じているということです。

>そもそも労働と報酬は別箇なものではなく一体です。

しかし、適正な労働と適正な報酬がいつもリンクするわけではありません。市場の評価が違うことなど日常的ですし、また市場原理で決まる賃金や報酬であっても、法的・社会的に妥当なものか、それを当事者が適正な評価・報酬と考えるかは別の問題です。

たとえば現代日本で医師・看護師に「最低賃金で働け」と言ったって、それで働く人はごく少数でしょう。
しかし、市場原理に忠実に、他の病院より高い賃金を払って優秀な医師・看護師を集めた病院が、必ずしも医師・看護師の定着や医療機能の向上を実現できているわけではありません。
ここで「では医師・看護師の賃金はいくらが適切か」と賃金の額だけを切り取って議論するのは不毛の極みです。
賃金の設定だけでなく、各種手当の設定、労働時間、ワークライフバランスへの配慮、人事評価の仕組み、職場の環境、キャリア形成への配慮など、さまざまな角度から「適正な評価と報酬」を考えなければなりません。
そしてここに「所得税の税率」が入る余地はありません。


所得税の税率・税額の問題は、その税金が適切に使われ、自分たちの暮らしに還元されているかということとの兼ね合いで論じられるべきものであり、払う人の所得が適正かどうかと絡めるのは筋違いです。
所得税を払うのが嫌だから働く気をなくしてしまった、という人を私は寡聞にして知りませんし、
そもそも今よりも所得税の累進課税が強く、中高所得サラリーマンの所得税負担が高い(ただし社会保険料は今よりも安く、健康保険本人は0割負担)時代であっても、日本人は勤勉に働き、オイルショックや不況を乗り越えてきたではありませんか。

自分の所得はすべて自分が取るべきもので、税金で所得が目減りするのが我慢ならないという人もいるかもしれませんが、それは所得の源泉である富を、自分たちがゼロから生み出したものであるかのように考える誤りであり、傲慢です。
富は個人的源泉だけでなく社会的な源泉を持つものであり、大きくなればなるほど社会的源泉の比率が大きくなります。働き方、儲け方、その規模によって差はあれど、生計費を超える所得については100%の私有権を主張できるものではなく、一定を社会に還元し、社会と構成員の全体の維持向上に使うべきものです。



最後に、2013/06/10 00:09の「『介護保険の給付縮小を行わないことを求める意見書』の提出」についてのコメントは、当該の記事とは関連の見受けられないコメントであるため、承認できません。
Posted by 向川まさひで at 2013年06月11日 06:37
北欧を出すのは余りに身勝手では?

北欧の税制は、消費税も高いんですよ。

また、住民税含めた最高税率が世界一というノルウェーは、最低税率が30%なんですね。

つまり、何が言いたいかって、消費税も低く所得税の低所得者層の税率も低い日本で、さらに中高所得者から毟り取れば、
社民主義と言われる北欧をはるかに凌駕した悪平等の社会主義国になってしまう。これはデータから事実です


・高所得者の税が高い国は、低所得者や無所得者の税も高い

・高所得者の税が低い国は、低所得者や無所得者の税も低い


税を80年代に戻すなど、あまりに恐ろしい。つまり、世界一、中高所得者に重税で、低所得者に甘い税になる。日本は社会主義国になったと宣言するようなものです。


スウェーデンでも自殺率の高さや若者の流出、エリート層の破壊、スキルの低下などが重税によって生じておりますが、貴殿らの案はそれを超えます。


ここから考えられることは、

・重税を取る国は、低所得者層も応益的に納税しており、高負担高福祉であっても「結果の平等」より「機会の平等」を重視している

ということです。


だから、日本が低負担なら、高所得者を減税すべきですし、高負担なら消費税やフラット的課税にすべきなんです。これが世界の潮流です。

平等の国フランスが税収の半分を消費税に依存しているとか、英国の最低税率が高いとか。

平等にするためには、むしろ低所得層にも負担を課さなければならない、という知恵ですね

日本よりもはるかにフラット課税で、所得税が軽いフランスであっても、75%課税で有能な者や富豪3000人が逃亡しています。

まして所得税中心で累進カーブがきつい金持ち虐め日本においては、どんな悲惨なことになるか想像もつかない。

ジャンバルジャンの役を演じた人は、「政府は才能や功績を罰しようとしている」と言って社会党政権を非難し、一律13%の自由の国ロシアに移住しました。

日本はこのような悪しき横並びの国ではなく、能力を認め合い、格差があるけど創造力豊かな国であるべきと考えます。

高所得者は低所得者を見下さず、低所得者は高所得者を妬まず、相互に尊重すべきです。スポーツでも試合の後は相手を称えあう。相手の稼ぎが多すぎるとかいう足の引っ張り合いではいけません。

反貧困の湯浅さんが御党の財源案について言ったかどうかは知りませんが、「高所得者が払ってくれ。自分は払わんよ、というのは納得が得られない」と言ったのですね。
Posted by 自由主義者(元労組役員・中道・改革派) at 2013年06月11日 08:19
結局はサラリーマンから取るのでしょう。
ここでもう一度、はっきり書くが、
所得税はサラリーマン差別である。クロヨンが無かったというのは、民族差別はなかった、植民地はなかった、ホロコーストはなかった、というのと同じであり被害者を二度殺しているようなものです。(連合のクロヨン批判を、民商だの税経新人だの、さらには組合まで使い、妨害していますが。。。)

所得税が不公平であるゆえんは、
1、執行の不公平(税務署員の少なさ等)
2、制度の不公平(所得分類による差別)
3、所得税そのものに内在する不公平(所得の定義、経費の定義は常に恣意的であること)

であるが、1と2は解決可能でも3は所得税に内在する解決不能な不公平である。

所得とは何か、どのように発見するか、非貨幣的な所得をどう把握できるのか、などは絶対に解決不能です。また、一枚の領収証を巡って、経費か否かを合理的数値的に判別することも不可能でしょう。

ゆえに所得税は現在では恣意的な不公平税であるということが定説になっています

まして累進課税であればなおさら不公平は拡大します。

所得税が不公平税である以上、税源は変えなければならない。少なくとも基幹税は変えなければならない。

ここで支出税・フラット課税・間接税へと移行してきたのが21世紀の税制の流れなのです。

消費税は恣意性の介入が少なく公平な税です。

貴殿が先にあげた北欧も、先進国の多数を住める西欧も、消費税シフトを行っています。

これらの国々では、「低所得者にも無所得者にもまず税を課す。税はフラットに払ってもらう」という意識があり、高福祉を受けるには納税ずべきという倫理があります。
つまり納税面だけで言えば低所得者に極めて厳しいのです。

このような面を省いて、高所得者には北欧以上の酷税を課し、低所得者や無所得者にはいっそうの軽減というのでは、余りに社会主義的、身勝手と言うほかありません。
Posted by 自由主義者(元労組役員・中道・改革派) at 2013年06月11日 12:33
>北欧の税制は、消費税も高いんですよ。
>また、住民税含めた最高税率が世界一というノルウェーは、最低税率が30%なんですね。
>つまり、何が言いたいかって、消費税も低く所得税の低所得者層の税率も低い日本で、さらに中高所得者から毟り取れば、
>社民主義と言われる北欧をはるかに凌駕した悪平等の社会主義国になってしまう。
>・高所得者の税が高い国は、低所得者や無所得者の税も高い
>・高所得者の税が低い国は、低所得者や無所得者の税も低い

税率の高低と実質的な負担率は一致しません。
税率だけを見て負担を論ずるのは誤りです。
最低税率が高くても、課税最低限は日本よりも高く、生計費非課税原則が貫かれています。
また社会保障制度の現物・現金給付が充実しており、生活必需品に対する消費税の軽減制度があります。ゆえに、低所得者であっても消費税に対する担税能力が生まれています。
言い換えれば、税金の給付を受けつつ税金を払っているようなものです。後述しますが、これ自体が再分配のシステムになっています。

日本は低所得者の所得税の税率は低いですが、所得に占める社会保険料負担は高く、所得税・住民税・社会保険料負担を合わせた負担率は、年所得300万円でも22%に達しています。そして消費税は一律5%課税です。
一律課税で、税収の4分の1近くを占めるようになっている消費税を「低い」とは言えません。

>スウェーデンでも自殺率の高さや若者の流出、エリート層の破壊、スキルの低下などが重税によって生じておりますが

まず、スウェーデンの自殺率は高くありません。21世紀に入ってからのデータでは日本よりもずっと低くなっています。また、おっしゃるようなことが「重税によって」生じているという根拠もありません。
若者の流出やスキル低下は若年雇用の不足に悩むEU圏の国々に広く見られる現象であり、その中でもスウェーデンが特に悪いわけではなく、EU平均からやや良好なほうを維持しています。

>平等にするためには、むしろ低所得層にも負担を課さなければならない、という知恵ですね
>「低所得者にも無所得者にもまず税を課す。税はフラットに払ってもらう」という意識があり、高福祉を受けるには納税ずべきという倫理があります。

「低所得者にも無所得者にもまず税を課す」などというものではありません。
ヨーロッパの税と社会保障の構造は、まず国民所得から所得税・法人税・企業の社会保障費負担、また個人社会保険料などを通して拠出された財源を、低所得者への援助給付や各種の給付、整備事業などに使い、所得を垂直的に再分配します。
ヨーロッパの特徴は、多くの国で医療費窓口負担などの公的サービスの「自己負担額」がゼロか低く抑えられているということです。
消費税は一般財源ですが、社会保障サービスや住民サービスなど公的サービスのための経費、また基礎年金などの普遍的給付の財源ととらえられています。応益負担の考え方ですが、しかしすべての人が同じようにサービスや給付を必要とするわけではないので、今現在必要とする人とそうではない人との間で水平的な再分配が発生します。
低所得者層ほど、サービスの必要が高い傾向にあり、普遍的給付への依存も大きくなるので、低所得者でサービスを必要とする人は、消費税を払っても、垂直的再分配による社会保障給付と水平的再分配によるサービス給付の二重の再分配効果を受けることができます。
税率だけを見て「低所得者に厳しい」とは言えません。
低所得者層もまず税を払え、ではなく、まず低所得者に手厚い垂直的再分配があり、そこに水平的再分配を組み合わせて高度な社会サービスを維持し負担を公平にするための枠組みとして消費税があるのです。

もし垂直的再分配がなければ、消費税の水平的再分配は逆進的に作用し、中低所得者の生計費を圧迫し、それを補う給付の必要性を高め、消費を停滞させ、公的財政も社会サービスも維持できません。
ヨーロッパの国々はたしかに消費税のウエイトを高めていますが、累進課税や垂直的再分配を放棄したわけでは決してなく、引き続いてそれらの税は基幹税として重要な位置を占めています。国民所得に対する個人所得課税の比率は日本が7.6%に対して、フランス・ドイツも10%を超え、スウェーデンは22%、消費税率が最も高い国の一つであるデンマークでは39%に達しています。
所得税から消費税へ移行というような単純なものではなく、国全体の再分配構造を維持していくうえで相互補完的な関係です。
ましてや、今の日本で所得税を消費税に置き換えるということは何ら道理がありません。

日本でも、将来、より福祉国家化が進み、医療・介護保険の税方式化と窓口負担廃止、教育費・保育費の完全無償化などというような政策が議論されるなら、その財源の一部に消費税の増税も考えられて良いと思います。
私たちの今の政策はそこまで先の段階を考えたものではなく、現行の社会保障制度を拡充し、税の垂直的再分配を回復し、貧困の広がりにストップをかけて、国民生活の安定と向上に富を配分し、内需と雇用を高めて日本経済の成長の基盤とするところまでです。だから一律5%の消費税はそのままの前提ですし、社会保障の財源構造そのものを抜本的に変えるところまでは出していません。
私たちは高所得者や大企業のみに負担を課すというのではなく、優遇税制の廃止で高所得者には応分の負担を求めるとともに、所得税の累進強化と低所得者の担税能力向上によって多数の人が負担能力に応じて負担するというシステムの基盤を作ることを目指すものです。消費税を議論するとすればそのシステムを作ってからです。


>まして所得税中心で累進カーブがきつい金持ち虐め日本においては、どんな悲惨なことになるか想像もつかない

金持ちいじめといいますが、分離課税による優遇税制によって、所得1億円を超える高額所得者の所得税実質負担率は明確に下がる傾向になっています。
所得税が日本よりもフラット的な国も、住民税との関係や、課税最低限が高かったり低所得者への軽減税や税額控除などで低所得者の負担が低く、結果的に中所得者の税額が日本より高くなっていることがあります。
国税庁資料では、給与収入700万円の人で、日本で支払う所得税住民税の合計は約46万円に対して、フランスは約80万円、イギリスでは約150万円です。給与収入1000万円ならば、日本では約110万円に対して、フランスでは約140万円、イギリスでは約220万円です。もちろんここには社会保険料負担は含まれていないため。これだけで一概にこの所得層の負担の高低を論ずることはできませんが。

フランスの所得税を巡っては、目立つ話のためにいささかセンセーショナルな報道がされていますが、富裕層や多国籍企業が国を超えた租税回避行動をとっていることは以前から先進国の頭痛のタネでした。フランスでも日本でも同じです。それらのための優遇税制、減税合戦が行われることの弊害も、当の資産家や企業家から指摘され、アメリカやフランス、ドイツでは富裕層増税を求めるアピールも行われました。
国を超えた租税回避行為に対して国際協調で規制をかけ、タックスヘイブンを許さず減税合戦を止めろという声も高まっています。これも世界の潮流です。

>消費税は恣意性の介入が少なく公平な税

ゆえにこそ、垂直的再分配機能をほとんど持っていないのです。所得に対する消費の割合は高所得者ほど低く、低所得者ほど高くなります。
労働や取引を経て形成された富を社会に還元し、敗者や弱者の貧困化を防ぎ、次世代の再生産を支え、社会的共通資本を整備し、社会全体の幸福を高めるためには、水平的再分配だけでは足りません。
所得や資産からの垂直的再分配が必要です。
所得税は必然的に「恣意的」であり「不公平」が生じるという非難は一理あると思います。しかし、「神の見えざる手」で垂直的再分配を行うことはできません。
不完全であっても人の手で基準を設け、富を再分配する必要があります。「最大多数の最大幸福」なかでも「最大多数」は自由と市場だけでは達成できず、人為的な制限や介入が求められます。

>能力を認め合い、格差があるけど創造力豊かな国であるべきと考えます。

私もそう思います。
そうした社会を持続、発展していくためにこそ、競争にはルールを、格差には一定の枠をはめなければなりません。

すなわち、
「格差の一方、敗者や能力が低いと見なされた人が、食うや食わずの境遇に陥ってはならない」
「競争の成果としての富は、勝者が総取りするのではなく敗者にも一部を分配し、さらに一定を社会全体のために還元すること」

食いっぱぐれの恐怖が幅を利かせる社会では、自分よりも得をしているように見える人を憎む低所得者が増えるでしょう。
食うや食わずの境遇にある人やその恐怖を感じている人に、他人に対する配慮や礼節、自分より優れた他者に対して敬意などを求めることはできません。「生きるため」ならばいかなる憎悪や不法も正当化されやすくなります。

敗者や弱者が欠乏の恐怖を感じないですむ社会であれば、競争相手に対しても心の余裕が生まれ、優れた人に対する嫉妬も正当化されることなく、敬意や向上心に昇華されやすくなるでしょう。
そうした物質的精神的余裕こそが、多様な可能性や人材を社会で包摂し、創造力を豊かに保つ力になります。
スポーツマンシップが生きるのは、スポーツには競争にルールと時間制限があり、負けても命はとられず、やりなおしがきくからです。

競争や努力の成果は、すべて自分のものにしてよいという経済観が幅を利かせる社会では、低所得者を見下す高所得者が増えるでしょう。
そういう人たちにとって、成果を得られない人、低所得者は、ただすべきことをしなかった人にしか見えないからです。
そうした中で、優れた人から謙虚さの美徳が失われ、向上心を妨げるとともに、社会全体としても成果へのインセンティブのみが強まり、成果に直接結びつかない努力が軽視されて、健全な競争や活力、創造力を生み出す社会の多様性が失われます。

富は、社会のさまざまな連環で生み出されるものであり、その貢献に応じて報酬を得るべきだが、それは自分一人のものではなく、他者の「失敗」や「敗北」を含めた社会の営みに由来する富の一部である、という立場に立ってこそ、
自らの成果に対する謙虚さと、弱者や敗者も含めて同じ社会の一員として認めて敬意を払う精神が広がります。

多様性と活力がある競争を維持し、社会全体の幸福を増進するためにこそ、格差は大きくなりすぎてはいけないし、富は分配と還元が必要なのです。
Posted by 向川まさひで at 2013年06月12日 02:42
追記

6月議会に入りますので、当分の間コメントをいただいてもお返事が遅くなることをご容赦ください。
Posted by 向川まさひで at 2013年06月12日 08:59
年収700万円程度の民衆が免税されているなら素晴らしい国ではないでしょうか。

日本の所得税は、高所得者については他先進国と有為な差は無し、中間層以下では有為に低いわけです。

これ、何か問題があるのでしょうか??
低所得者が免税されているなら文句はあろうはずもないですし、
成熟した資本主義・分厚い中間層の保護という点から観れば「中間層への軽課税」は先進的進歩的試みと言えます。日本は中間層を保護していると。素晴らしいことです。これは即座に文化や学問、娯楽の層の分厚さに繋がっていると考えられます。

また、政治的には中間層課税というのは元々、困難なのです。低所得層より負担率は高いし、しかも高所得層より数は多いので。不満が強いのです。あえて政治的混乱と怒りと不満を充満させる必要はないと思います。「納税者の反乱」が起きて困るのは左派でしょう。我々中間階級の所得税が少ないというなら、是非とも「放っておいて」欲しいものです。

向川さんが、「所得税のGDP比が低い」と言われますが、その理由は上記のように中低所得層を保護しているからです。

中間層に所得税を増税するのは痛税感が強いし実際に負担が重くなるので消費税にしてください。お金溜め込んでるリタイア層より勤労者が負担させられる理由はないですし。

ところで「中間層は所得税払っていない」などと難癖つけて所得税増税(サラリーマン増税)を画策したのが小泉と石弘光ですが、このとき「サラリーマン増税反対」を叫んだなかに共産党は無かっただろうか。

今になって所得税の本質的な給与所得者差別は問題ないと。なんか解せんわ

被差別部落民は地区によっては平均的「百姓」より豊かだったとか。だからと言って差別が正当化されることは決してない
「再分配されるのだから、サラリーマンは課税で不公平にされても問題ないやろ」
ちょっと違うがだいたいこんな感じですね。
Posted by 自由主義者(元労組役員・中道・改革派) at 2013年06月12日 13:24
御返事どうもありがとうございます。内容的に近いのでこっちにコメントします。コメント欄のやり取りを読む限り、中間所得のサラリーマンから増税せよ(少なくとも、増税の余地がある)という主張に見えます。サラリーマン増税では?政治的に致命傷になる中間所得者増税をシイさん(漢字変換できない)は表の世界では言わないのですね

自営業の課税強化や広い相続税や固定資産含めた資産税などにことごとく反対したじゃないですか。
どうみてもサラリーマン狙い撃ち…
Posted by 電機職人 at 2013年06月14日 10:03
自由主義者 様

先のコメントでは、フランスの様なフラットに近い税制を善しとされていたかのように見えたのですが・・・

>日本は中間層を保護していると。

それで日本の中間層が分厚く存在し、この層が余裕ある暮らしを謳歌しているならば、税率の低さは中間層保護だと言えますが、
ここ10年で見た場合、中間層は薄くなり、また中間層の中でも所得は全体的に下方移動の傾向が出ています。
これはサラリーマンにおいても自営業においても同じ傾向ですが、民間サラリーマンの場合、所得800万〜1500万円層の減少も顕著です。
一方、中間層が負担しなければならない社会保険料や社会サービスの自己負担金、教育や介護の費用負担といった社会的な支出は増大しています。
そうした中で、生活水準の維持や将来支出に備えてのストックを確保するために「生活防衛」に頭を悩ませている中間層が少なくないと思います。
「独身貴族」と見なされている高所得の独身サラリーマンであっても、低年金で貯蓄も少ない親の扶養や医療費と将来的な自分の老後費用について頭を痛めている人がいます。

税率が低いことが即ち中間層を保護している、中間層に住みよい国であることを意味しないのではないでしょうか。

貴殿も、中間層が余裕のある暮らしをしているわけではない、と考えるからこそ、中間層の負担増になりそうな所得税累進強化に反対しているのではないのですか。

>中間層に所得税を増税するのは痛税感が強いし実際に負担が重くなるので消費税にしてください。

消費税5%の増税による負担増と、1.5%〜の累進的な所得税増税を比較した場合、中間層の中でも上層はたしかに所得税の負担が重くなりますが、
中下層では消費税の負担増のほうが重くなります。もちろん家族構成によって消費性向は異なりますが。
サラリーマン全体で見た場合、所得税の方が重くなるのは上位25〜30%前後、下位50〜60%は消費税の方が重くなります。
そして私たちの政策では、後述するような上位層も含めた社会保障給付、負担軽減と引き換えの増税です。

痛税感ということでいえば、痛税感の弱い消費税増税はそれゆえにこそ問題があると思います。
痛税感の弱い増税であれば、増税時こそ使い道への関心が高まっても、その後は自分がいくら増税されたかの意識が弱くなり、
税に対する「慣れ」も生じ、、増税後本当にそう使われているかということへの事後的な関心は高まりにくくなります。
税金を取り、思うように使いたい側、貴殿の言う「官僚様」にとって実に都合の良いものになります。
増税を暮らしに還元することについて、より強い責任と監視の目を政府に課すためには、痛税感のある税のほうが良いのです。
シャウプ勧告でも、間接税に依拠することは国民が自ら国にどれだけ寄与しているかを見えにくくし、政府との距離を広げて国民による監視が行き届かなくなる危険性を指摘しています。

>お金溜め込んでるリタイア層より勤労者が負担させられる理由はないですし

リタイア層も担税能力に応じて支払うべきということは同意です。
しかし消費税増税では、子育て世代を中心とする消費性向の高い勤労者世代が結局多く負担をすることになってしまいます。
また「お金をため込んでいる」ということですが、確かに日本での個人の金融資産保有はリタイア層が70%以上と言われています。
ですが、約半数を占める金融資産保有が数百万〜一千万円程度のリタイア層では、その内訳は年金(支給見込み額)・保険・現金預金がほとんどを占めています。
これらを生活費として取り崩し、あるいは緊急の支出のためのストックとして保持しているわけで、
この層の人々は消費マインドも高くありませんので消費税増税の税収効果は小さいですし、この層の人々の資産をあまり早く取り崩させることは
長期的には子ども世代の扶養負担や公的扶助費の増大につながるものと思います。
より大きく、金融資産を数千万円以上持っている層では、利子産み資産、有価証券の比率が高まり、配当益や譲渡益など運用による所得が大きくなって資産をさらに積んでいる人もいます。
この層に関しては所得税の低率の分離課税を廃止し、所得から応分な税を求めること、高額な資産に対しては一定の富裕税を課し、いずれは相続税で負担を求めるべきと思います。
Posted by 向川まさひで at 2013年06月26日 08:51
>政治的には中間層課税というのは元々、困難なのです。

私は、中間層の活力の回復、向上のためにこそ負担と給付の問題を避けてはならないと思います。
そしてこれまでの日本の「左派」の主流が、福祉国家的な政策を掲げながら、その場合に避けて通れないはずの中間層の負担と給付の問題にまともに取り組まず、中間層の支持を短期に得たいがためか
安易な「中間層減税論」に走ったことが、福祉国家論への支持喪失と左派の衰退、のみならず現代日本の中間層の生活圧迫につながったと考えるものです。

1970年代後半から80年代の日本社会党を中心とする左派の主流は、福祉国家を掲げ、企業利益優先、開発優先政治の是正と国民生活の向上を旗印としていました。
同時に、国会や選挙では中間層の重負担感を強調し、国民の負担感を煽って所得減税を政府に求め、政府が景気対策や政治的理由から減税を行うとその成果を誇示していました。
「減税と福祉」を二枚看板として選挙を戦った政治家もいたと聞いています。中間層には減税、低所得者層には福祉、ということかもしれませんが、
こうした態度が、長期的には左派主流にとっての「自爆」であったと思います。
(どうも共産党も全く無関係であったわけではなく、国会対応などでは社会党と同調したこともあったようですが)

福祉国家論にとっては、こうした態度は財源の議論を欠き、また「福祉」の観念を弱者保護の延長にとどめて、国民多数にとって魅力とリアリティのある福祉国家像が描けず、
そればかりか負担を伴う財源論を封じたために、増える社会保障費に対して「福祉のための大型間接税」論に対抗する福祉国家政策を打ち出せないまま、
低所得者層から中間層、一部高所得者層までを広く包摂する普遍的な社会保障制度への道を阻害し、福祉国家論への支持を漸減させる結果になりました。

福祉国家論の代わりに、サラリーマンの人生・生活設計を、ライフサイクルに対応した賃金上昇カーブと企業内福利に依存する体制には手が付けられることなく、場合によっては左派がこれを擁護・推進する側となりました。
そして、そうした人生設計から外れる非正規雇用の賃金水準や労働条件の問題は、生計を担うサラリーマンの賃金・雇用の問題とは別の次元としてあまり顧みられずに行くこととなります。

90年代の長期不況・経済停滞期になると、企業は正規雇用の抑制、非正規雇用や間接雇用への置き換え、総額人件費抑制へと舵を切り、非正規雇用の労働者や中小企業の労働者から賃金上昇を伴わない働き方が増え
大企業でもそうした事態が進行し、それまでの賃金の継続的上昇を前提としたサラリーマンの人生設計モデルが維持困難となった時、
それへの対応が遅れたばかりか、そこで有効なオルタナティブを示せず既存モデルの維持に傾倒した左派への不信を加速させる結果となったと思います。
欧州で低成長時の雇用政策として行われているワークシェアリングが掛け声倒れに終わっているのも、こうしたモデルに一因があります。

また、左派主流が煽った開発行政への「バラマキ」批判と税金の重負担感は、税への不信感となり保守によって福祉施策への「バラマキ」批判と歳出カットへの世論誘導に転化され、
社会保険への保険原理の強化(公費縮小と保険料引き上げ)と自己負担額の増加、保育・教育・住宅などへの自己責任原理の強化につながり、

中間層にとっては、賃金カーブと企業内福利が維持できている間はそうした負担も吸収できたものの、それが維持困難になると負担が直接的に家計に重くのしかかっていくことになります。
これが現代の中間層、とくにサラリーマンの生活の苦しさ、不安定さ、先の見えなさにつながっていると思います。

現状の是正には、まずは賃上げが必要です。わが党もまず大企業の内部留保から数%をまわし、賃上げと非正規雇用の待遇改善、下請け単価の適正化に充てよと主張しています。ですが今後何年間も継続的に賃上げを行えなどと
約束させることはできませんし、全ての企業が子育て世帯や親を扶養する世帯に支出に見合った給与を払え、福利厚生をしろなどというのは非現実的です。

人生設計を企業の業績・発展に依存してしまうモデルではなく、中間層に対する社会保障の公的給付の拡充こそが必要です。

社会保険への公費投入増による各保険料負担の軽減とともに、医療費窓口負担の軽減、子どもの医療費無料化、教育費の無償化推進、大学専門学校の給付あるいは無利子奨学金制度拡充、
介護保険制度の拡充と利用料負担引き下げ、雇用保険制度の拡充など、アクシデントやライフサイクルに伴う社会的支出の負担を個人負担から
公的負担にシフトし、賃金が上がらなくても子育てや介護の費用がまかなえ、病気や失業に備えて多額のお金をストックする必要を減らすことができれば、
賃金が物価上昇分しか上がらなくても生活を圧迫せず過度な「生活防衛」の必要もなく、賃金がそれ以上に上がればそれは教養娯楽費など選好的な消費にまわすことができ、中間層の生活にゆとりをもたらすことができます。

そうしたことのために、高所得者や大企業・資産家の負担増と合わせて、広い層に応能負担を求めます。
たしかに中間層では負担増が生じますが、私は全体的な負担と給付の組み合わせで理解を得られるものと思います。

負担と給付の問題を避けて失敗したのは民主党政権も同じです。政権を取る前の一時期の民主党は、格差社会是正のための福祉国家的政策を掲げながら、
「埋蔵金」と「無駄カット」のみでそれが実現でき、低所得者層も中間層も高所得者層も企業も負担増を伴わずに実現できるかのように宣伝しましたが、結果はそうはならず
民主党と左派に対する失望を深める結果となりました。


2005年の政府税調は、貧困の広がりと所得税の再分配機能の低下という問題を直視せず、高所得者の負担の見直しをほとんどしない一方で各種控除縮小、とりわけ基礎控除の拡充も申告納税権も認めないまま
給与所得控除を縮小してサラリーマンに負担増を課し、全体的にも中低所得者に負担を強いるもので、所得税の問題点を緩和するどころか深刻化させるものであったために
共産党としても反対の論陣を張ったものです。

所得税の問題については、この間貴殿と議論してきたとおり、
私は現行の所得税には是正すべき点があり、是正してもなお残る不公平があることは承知しています。
しかしそれでも、社会的に生み出された富を再分配し、社会に還元して、社会全体の不幸を減らし幸福追求に貢献するという税の役割を
もっとも果たしうる税であり、基幹税としての役割は失われるものではなく、ましてや別の不公平・不合理を含んだ消費税で置き換えられるものではないという立場です。
(消費税の不公平・不合理については、以前も書きましたが低所得者ほど家計に締める負担率が高まること、コスト増による国内消費への悪影響、企業への人件費抑制インセンティブ、
また、負担段階と納税段階で軽視できない差額が生じること、低所得者対策費の増大や行政経費の増大で増税効果を減じることなどです)

貴殿が最後に述べられていることは、悪く言えばその通りです、とお答えします。
可能な限り不公平を是正しても、やはり個人事業者の働き方、所得の意味とサラリーマンのそれは異なり、無理に同一条件とすることはできないと思います。
(なお、消費税でも同じです。購入するものに消費税を払うのはみな一律でも、仕入れ額税額控除によって事業者は納税額を変えることができ、制度を悪用すれば納税回避も可能です)

ゆえに、税負担だけではなく社会保障や雇用政策などで総体として公平をはかることができれば、すべての人に満足はできないにしろ社会的に許容できるものになると思います。
Posted by 向川まさひで at 2013年06月26日 08:52
電気職人 様

私たちの政策は、消費税増税に頼らず社会保障充実と財政再建を果たす方策について提起しているもので、
税制においては、「第一段階」として所得税最高税率の引き上げ、富裕層・大企業への優遇となっている措置を廃止し、
まずその層に負担を求め、財政再建、現行の社会保障制度の機能回復をはかります。
そのうえで、「第二段階」として、現行の社会保障制度を欧州並みに大きく拡充するために、
広範な層に所得税の累進的引上げを求めるものです。増税であることには間違いありません。
しかし中間層には「第一段階」「第二段階」を通じて社会保障給付の拡充、自己負担・保険料負担の軽減を行うものであり、
全体で見れば中間層、特にストックの少ないサラリーマンの生活安定に寄与するものと思います。

これらの政策は共産党の政策「社会保障と財政危機打開の提言」として公表しているものであり、ビラやサイトにも明示しています。
http://www.jcp.or.jp/web_policy/2012/02/post-141.html

また、演説等でも、「提言」について発言するときは「大企業や富裕層増税だけでは財源はまかなえない。社会保障充実の『第二段階』においては、広範な層に負担能力に応じた負担を求めることになる」ということを
必ず触れています。

この間政府が進めてきた課税強化の方向は、建前はどうあれ結果的に高所得層には相対的に軽い負担増、低中所得層に重い負担増になるために反対の立場をとってきました。
例えば固定資産税の強化は、家賃等にも転嫁されて固定資産を持たない人にも負担増となる一方、総資産に対する土地・建物・有形償却資産の比率が低く、金融資産などの
ウエイトが高い富裕層には負担が軽いものとなります。
私たちは、資産課税としては高額な個人資産に対して低率課税を行う「富裕税」を提案しています。
Posted by 向川まさひで at 2013年06月26日 08:54
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