2012年02月10日

地方政治における民主主義のジレンマ〜市民の代表とは〜


地方政治における「民主主義」のジレンマ
今回は、「市民の代表」ということについてです。

【全体の代表か、個別の代表か】


日本国憲法で「公務員は全体の奉仕者であって・・・」と定められており、
これは首長や議員などの「特別職」も例外ではありません。

議員も首長も、自分を支持してくれた人のためだけに政治を行ったり、
逆にそれ以外の人々に対して不当な不利益を与えてはならないことに
なっています。
(もちろん、これに反する現実の事例も多々ありますが・・・)

行政の責任者である市長など首長の場合は、特にその意味が大きいです。
市町村全体の代表者である以上、その人に投票した人たちの代表であってはなりません。
また「全体の奉仕者」でなければならない多くの公務員を指揮・管理する公務員
なのですから、特定の人や地域、団体、主張などに偏った、不公平、不公正な
行政が行われてはなりません。
自分に投票しなかった人、対立候補に投票した人たちのこと、自分と立場が
異なる人たちのことも考えた行政運営でなければならないのです。

ところが、ここで矛盾が生じてきます。
市民全体の立場を考えて政治をしなければならない、
特定の人たちの利益不利益をはかってはならない、とすれば、
その市長に投票した人たちの「民意」はどうなるのでしょうか?
市長は、必ず公約を掲げていたはずですし、そこには
特定の人や団体の利益・不利益にかかわる個別政策が含まれているはずです。
その市長に投票した人たちは、それらの政策を支持したのではないでしょうか。
投票しなかった人のことも考えなければならないのなら、
せっかく「民意」を数字でしめしたのに、それを現実の政策や行政に
反映できなくなるのではないでしょうか。


このあたりは、前にこのテーマで書きました「多数決か調整か」、
「直接民主制か間接民主制か」という議論とかかわってきます。

結論から言えば、選挙で「信任された」とみられた政策であっても、
条例や予算を通して実行に移される前には、再度のチェックにかけられるべきで
あると思います。

その際の視点は、その政策が「住民全体の暮らしのためになるものか」
「特定の人たちの人権を踏みにじるものではないか」ということです。


個別政策によって住民間の利益不利益が出てしまうことは
やむを得ないとしても、それが住民全体にとってプラスになるのか、
特定の人に負担や損害を押し付けるものではないかを再度チェックし、
その可能性があれば調整を行い、住民全体にとって
よりましな方向に修正して政策を進めていくことが必要です。

ひとくちに「住民の意思」といっても、市町村内においても
地域、階層、職種、年齢層などさまざまになっており、
利害の対立、不均衡がどうしても生じます。
ゆえにこそ、「全員に利害が生じない政策」が少なく、
「住民のグループごとに利害関係が生じる政策」がどうしても多くなってしまいます
(かつて、私の故郷の河内長野市などの郊外の人口急増地域では、
保育所や学校の整備・新設を求める新住民と、農業関連設備の整備や
既存の公共施設の改善を求める地元民との間で、対立が起きたこともありま
した。現在私たちが取り組んでいる国保の改善、負担軽減の取り組みに対しても、
「サラリーマンは天引きで税金を引かれて負担が重くなっているのに、なぜ
その税金から国保にお金を回さなければならないんだ」というような批判を
いただくこともあります。それへの反論はこちら


首長が「住民のため」の政治をやろうとするとき、住民間の意見・利害の不一致に
対して、どういう態度をとるかが問題です。
自分の所属集団や支持者の利益のみを優先する、というのはもちろん論外です。

利害関係を無視して大ナタを振るう、というのはスッキリしていますが、
その政策が、本当に住民全体のためになるか、特定の人の権利を踏みにじって
いないかのチェックは必ず必要です。利害関係を無視したつもりが、結果的に
特定の人たちに有利に働いたり、逆に特定の人たちに不利益を与えていたり
することは少なくありません。
それを強行すれば住民間の分断、対立が
大きくなり、まちづくりに支障が出るだけでなく、反動も大きくなります。

逆に、利害関係にはさわらず、当たり障りのないことだけを行うというのも
首長として責任ある態度ではありません。それでは、現状で困っていたり
不利益を被っている住民の困難は改善することができません。

このあたりのバランス感覚と慎重さが首長には求められます。
議会と独立して存在する自治体の首長の権限は、大変大きいものがあります。
だからこそ選挙で自分の政策が信任されたとはいえ、それを実行するまでに
可能な限りの議論や説明を尽くして、住民の総意に近づけることが
必要です。



では議員はどうでしょうか。
首長と大きく違うのは、複数人が選ばれているということです。

首長は1人で自治体を代表し、個別の利害に偏った仕事をすることはできません。
しかし、議員は違います。複数人が選ばれているということは、地域や階層、政策
などの点で、色合いの異なる民意の代表を求められているということです。


色合いの異なる民意を集め、議論し、一致が難しければ多数決を以て
住民の意思として決定する、これが地方議会の役割です。
議員は、その自治体内に存在する地域、業界、階層、思想など
さまざまな個別の利害や政策を市議会の場で表現し、それを通して
なるべく多くの民意を市政に反映させるという役割を持っています。

首長が行おうとする政治、政策が、本当に民意を反映しているのか、
さまざまな個別の民意の立場からチェックし、
より多くの住民合意を得られるものに修正するという形で、
首長の使命と議員の使命は対になっています。

しかし、だからといって、議員は地域や業界、階層、思想などの
個別代表の役割に終始してよいものでしょうか?

自分の地域や業界、支持者の利益になることのみを声高に主張し、
そうでなければ何でも反対、あるいは無関心で何も動かない、
自分の利害や政策と関係ないことにかかわろうとせず、住民要望に背を向ける、
これは、議員の在り方ではないと思います。

やはり、「全体の奉仕者」として、住民全体に対して責任を負う姿勢が
地方議員には必要となります。

私は日本共産党員であり、共産党の公認候補として当選、議会でも
共産党の会派に所属しています。
しかし、私は「大和高田市の共産党の代表」として議員をしている
ものではない、と考えています。

もちろん、私は党員として、党の綱領に基づき政治活動を行います
公職にある者の責任として、公約に掲げ、支持をいただいたことの
実現に全力を以て取り組みます。
同時に私は、大和高田市民の民意を代表すべく選ばれた18人の
代表者の1人であり、市民全体のために働くことが仕事であると
考えています。私に投票していただいた方々の願いはもちろんのこと、
それ以外の方々、投票されなかった方々の市政に対する要望や願いにも
私はしっかりと受け止めていく責任があると考えています。

より規模が大きくなる都道府県でも、同じだと思います。
私の先輩の太田県議も、共産党県議員団の一員であり、
同時に大和高田市から県政を代表する2人のうちの1人です。
太田県議が公約に掲げた「大和高田市民の声を県政へ」というのは、
支持者や投票した人たちだけの声ではなく、高田市民すべての
民意に対する責任です。そして、県議会議員として県政全般に
対して責任を負う立場であり、台風被害の被災地の声も
聞き取り、県政に届けて改善をはかっています。
そして国政でも同じです。私たち日本共産党は「国民に対して責任を
負っている」という立場で行動しています。被災地への救援活動
なども、支持者とそうでない人たちを分け隔てするようなことは
決してありません。


話しが脱線してしまいましたが、「全体の代表か個別の代表か」のジレンマを
まとめると、「首長や議員は個別の民意を代表しているが、同時に職責としては
全体の代表、全体の奉仕者たるべく努めなければならない

ということだと思います。
政策・主義にせよ利害にせよ、またつきあいにせよ、その人を選んで投票する
ということは、個別の民意です。いかに多数派の得票であっても、それがすなわち
全体の民意なのではなく、個別の民意の集まりです。
議員や首長は、それらの個別の民意を踏まえながら、全体の民意に近づけるように
政策や事業、制度を見直すことが仕事であると思います。
そして、全体の民意が調整しても一致できないとき、議会や投票での多数決を以て
ひとまずの「全体の民意」と決定するというのが、民主主義の原則であると思います。
posted by 向川まさひで at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 政策・主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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