2011年01月16日

尊敬する人たちのこと(3)

「尊敬する人たちのこと」の続きです。


【ヤン・ウェンリー】
宇宙暦700年代末期の人物です。「魔術師ヤン」として有名です。
自由惑星同盟滅亡後、エル・ファシル独立政府に身を寄せ、
革命軍を組織して民主共和制の存続のために力を尽くしました。

・・・と、ふざけて書いてしまいましたが、「非実在人物」と明記
していますように、フィクションの人物です。

「ヤン・ウェンリー」とは、田中芳樹氏の小説「銀河英雄伝説」
おける主人公格の人物です。フィクションの人物とはいえ、私の
政治に対する考え方、目指す生き方に大きな影響を与えた人物です。

「銀河英雄伝説」の世界は、はるかな未来が舞台です。
専制君主制と身分制国家の「銀河帝国」、民主共和制をかかげる
「自由惑星同盟」、帝国から半独立の通商惑星国家「フェザーン自治領」
が、人類社会を分けて争っている世界で、ヤンは自由惑星同盟軍の軍人と
して戦います。

しかし、この小説では「自由惑星同盟」が正義の国というわけでは決して
ありません。
長らく続く戦争の中で、「帝国」も「同盟」もどちらも疲弊し、また腐敗
が進んでいます。
同盟においては、長期にわたる戦争で社会的インフラが弱体化し、
中年・壮年の人材が枯渇するなど、社会の危機をむかえていました。
一方で戦争関連の産業は利権化し、政治家と結びついて栄えています。
政治家も、利権の保持と社会危機の糊塗のために、愛国心や民主主義の
正義を説き、国民を扇動して戦争を推進し続けました。

ヤンは、歴史学者を志していましたが、父親を事故で失い、やむなく
「タダで歴史を学べる」と、士官学校の戦史科に進みます。
歴史的なものの見方を具えていたヤンは、愛国心や民主主義の正義にも
否定的な立場からとらえていました。軍人としての仕事もお礼奉公的に
考えていたヤンでしたが、民間人救出作戦に成功し、若くして「英雄」
になってしまったため、適当なところで軍人を辞めるという道が
なくなってしまいます。
「英雄」としての自分の評価にもずっと批判的であったヤンですが、
結果的に立場が上がるほど指揮官としての才能を発揮し、自由惑星同盟軍の
司令官の一人になってしまいます。

そのころ銀河帝国では、この小説のもうひとりの主人公格である
ラインハルトが頭角を現してきました。
自由惑星同盟軍は、主戦派が煽った銀河帝国への無謀な遠征作戦を行い、
ラインハルトのすぐれた軍略により壊滅的打撃を受けてしまいます。
ヤンは、残った自由惑星同盟軍の中核として孤軍奮闘する一方、
遠征の撃退で評価を上げ、腐敗した帝国貴族たちを粛清し、帝国の
実権を握ったラインハルトを冷静に見つめます。

ラインハルトは下級貴族の家に生まれ、母を貴族の子弟が起こした無謀な
交通事故で失い、父はそのことで酒びたりになり、美しい姉は皇帝の後宮に
否応なしに入れられるという中で育ち、腐敗した帝政、貴族を憎み
盟友のキルヒアイスとともに、自らが権力を握り、銀河帝国を変えようと
します。
皇帝を傀儡にして全権を握ったラインハルトが行った政治は、権力のための
人気取りという側面もあるにせよ、公平な税・裁判・法律の整備であり、
行政の腐敗の一掃、貴族特権・身分制度の廃止、社会保障の整備など
すぐれて「民衆のためになる政治」でした。
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2011年01月13日

大河ドラマ

ご無沙汰しています。
レセプト業務や仕事の引継ぎなど日常が多忙で、なかなかブログに
取り掛かることが出来ませんでした。

これを見ると新年が始まったなと思うのが、新しい大河ドラマです。
今年は「江」で、女性を主人公に信長や秀吉の時代を違った視点から
描く作品ですが、なかなか良い感じだと思います。巷の評価も
上々のようです。
昨年の「龍馬伝」は福山雅治の好演もあって、大きなムーブメントに
なりました。
ただ、全国各地に「自称龍馬」が出没したのは「なんだかなー」ですが。
歴史好きとしては大河ドラマははずせません。
私が好きな作品は「独眼竜政宗」、「武田信玄」、「毛利元就」など
戦国時代ものが多いのですが、私がおすすめするのは
今からちょうど20年前、1991年放送の「太平記」です。


足利尊氏を主人公に、敵味方複雑な南北朝時代をうまくまとめた作品です。
年間通じて見所が多いのですが、私が特に好きなのは前半のヤマ場、
鎌倉幕府滅亡に至るまでの部分です。

明るい青年だった、真田広之演じる足利尊氏が、腐敗した鎌倉幕府の姿と
武士の名門足利家の後継者、そういうなかで悩み、いろんな人と知り合い
成長していく描写が丹念に描かれています。

そして始まる南北朝の動乱。私の郷土のヒーローでもある楠木正成が登場します。
演じたのは武田鉄矢、「悪党」「土着の武士」というイメージにぴったりでした。
正成の弟を演じたのは俳優に転じて間もない赤井秀和でしたが、なぜか
刀よりパンチで敵を倒す演出が多かったように思います。

足利家は鎌倉幕府の中でも微妙な立場にありました。疑いの目を向け続け
執拗に付けねらう鎌倉幕府の首脳たち。故フランキー堺さんの悪役ぶりも
良かったです。

そうした中で、足利尊氏は悩んだ末に鎌倉幕府を倒すことを決めます。
ここからは、カタルシスすら感じる怒涛の展開です。
真っ先に「謀反人の罪を負います」と賛意をしめす弟、足利直義(演・高島政伸)
そして側近の高師直(演・柄本明 )。
鎌倉幕府をあざむき、楠木正成討伐の名目で鎌倉を出陣、三河(愛知県)で
足利一族と合流します。一族も「長らくこの日を待っていました」と賛同、
さらに近江(滋賀県)で豪快に笑う佐々木道誉(演・陣内孝則)に
室町幕府の構想を話して味方につけ、一気に1万を越える軍勢をまとめ、
ついに叛旗を翻します。
京都の幕府軍はあっけなく壊滅し、河内で孤軍奮闘していた楠木正成も
動揺する幕府軍を追い落とします。

同時期に根津甚八演じる新田義貞も幕府に対し反乱を起こします。
こちらもどんどん軍勢が膨れ上がり、鎌倉に迫っていきます。
そうした中でうろたえる鎌倉幕府の首脳陣。その中で光るのが
鎌倉幕府の得宗、北条高時を演じる片岡鶴太郎の好演です。
それまでも、酒と遊びにおぼれる「バカ殿」的に描かれていましたが
幕府の危機にもさらに酒と遊びにうつつを抜かす有様の中で、
自分が最高権力者としての能力がないことを自覚しており、それゆえにこそ
酒や遊興に逃げ込んでいるという、北条高時の本心と悲哀が描かれていました。

鎌倉幕府滅亡を描いた回、「鎌倉炎上」は、大河ドラマ史上でも屈指の名場面だと
思います。
鎌倉を必死に守ろうとする幕府軍。しかし奮戦むなしく
ついに新田軍は鎌倉市内に突入します。覚悟を決め、最後の宴を開く
北条高時ら北条一門。宴会での明るい田楽の囃子がBGMとして流れる中、
街のあちこちで繰り広げられる地獄絵図が描かれます。
この映像と音楽のアンバランスは「滅び」の姿を鮮明に映し出し、
一種の映像美になっていると思います。
そして、北条一門が自害し、街を燃やす炎の中で鎌倉幕府はついに滅亡します。

「青年たちは勝利し、悪の政権は倒され、新しい時代が始まりました。メデタシメデタシ」
・・・で終わればいいのですが、ドラマも実際の歴史もここからが
大変な時代となります。
新たな政権、建武の新政を作った人々、後醍醐天皇や足利尊氏、新田義貞、
楠木正成、また彼らを支持した武士や農民、商人など、
新たな政治に望むものはそれぞれに
違っていました。そのため、程なく政権はきしみ、ともに戦った仲間たちが
敵味方に分かれて争いあうという、南北朝時代のはじまりです。
大河ドラマでは、このあたりの悲劇性もよくえがかれていました。

20年前の作品ですが、機会があればぜひごらんください。
歴史上有名な主要人物の描き方が、俳優の皆さんの好演で
大変秀逸なものになっています。続きを読む
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2010年12月31日

2010年をふりかえって思うこと

大変寒い大晦日、そしてお正月になりそうです。
皆さん、体調にはくれぐれもお気をつけください。
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さて、2010年の政治を振り返ると、本当に民主党政権への
失望が続いた1年でした。

私は医療現場に働く者として、民主党の医療・介護への姿勢に
期待するところは(半信半疑ながらも)大きかったのですが、
ほとんど据え置きに近くなった診療報酬改訂をはじめ、
がっかりさせられることばかりでした。

社会保障でも、外交でも、税制でも、一貫した方針を持ちえず、
右往左往しているように見えます。
やはり、民主党は政権交代という一点でのみ求心力を持ちえていたのか、
と思わざるを得ない迷走ぶりです。

民主党政権の迷走は、そのまま民主党が掲げていた政策そのものへの
国民の不信、批判につながっています。
その中には、民法の改正や派遣法改正など、自民党政権のもとで
多くの人を困らせていた状況を変えることが出来る、
国民の願いに沿った政策もあるのに、です。
ネットでの風潮としても、ワーキングプアや失業者に対する「自己責任」論や、
社会保障の切り下げを正当化する論調が息を吹き返して
来ているように思います。

かつて小泉政権時代に大変強くなった「勝ち組・負け組」思考、
「負け組=努力や能力が足りなくてそうなったのだから、どんな境遇でも
受け入れるべき。私の税金をそんな連中のために使うな」
という考え方が
再浮上しているようです。

私は、政権交代への国民の失望が、さらなる政治への不信と
極端な意見への傾倒を招くことを危惧します。

民主党だけでなく、私たち共産党にとっても来年は試練の年になると思います。
民主党政権は国民の期待を裏切りました。それは強く非難されて
しかるべきです。
しかし、民主党政権に対峙した我々はどうだったのか。
民主党政権の迷走に対し、左派の立場から国民に訴えきれたか。
国民に、よりよい選択肢を示すことができたのか。

振り返ってみれば、結果として国民の政治不信をより強めてしまったと
いう点で、私たち共産党もその責任は決してゼロではないと思います。

国民が政治に対して厳しい目を向けている中で、来年は地方選挙が行われ
ます。私にとっても、市政への初陣となります。
多くの支持者の方に支えていただいていますが、市民の厳しい目もまた
感じています。そのことに対する責任も、果たしていかなくてはなりません。

私は太田さんとともに必ず勝利し、政治への皆さんの信頼を取り戻す、
その一翼を担うことを、新年に誓いたいと思います。


そして、皆さんにとって、2011年が希望のある良い年になりますことを、
心からお祈りします。
posted by 向川まさひで at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月24日

今も昔も

昨日の当直は、小児科の救急だけでなく大人の救急要請も
多い日でした。以前は、小児救急当番の時には、大人の
救急は少なくなるように消防隊が配慮してくれていた
のですが、そうした余裕がもはやなくなっているようです。

中和地域の救急医療は深刻な状態です。現在救急を受け入れて
いる病院も限界にあります。
時間は少ないですが、ぜひ県政・市政でどのような改善策が
可能かという研究をして、政策提案を行いたいと思います。


さて、昨日の「ハムラビ法典」の話の続きなのですが、
かつては「世界最古の法典」とよばれていました。今は先行する
法典の存在が明らかになり、ハムラビ法典はそれらを踏まえて
改めて作られたものだろうといわれています。
この「ハムラビ」とは、この法律を作った王様の名前で、
現在のイラク中部を治めていました。
小国だったバビロニア王国を幾多もの戦争と外交を駆使して、
周囲の国々を支配する統一国家に育てました。
(織田信長とかをイメージするとわかりやすいかな?)

宗教や部族慣習の違う人々を抱えるようになったバビロニアの国では、
国民同士や部族間のいさかいを防ぐために、宗教や部族に対して
中立的な法律の制定が求められたのだといわれています。
かなり苦心の末の自信作のようで、王自身による長い賛辞が前文・後文
としてかかれています。その自信を裏付けるように、
バビロニアの国はハムラビ王の孫の代あたりで衰退して滅びますが、
その後の他の統一国家にも、ハムラビ法典は長い間尊重されて
活用されていたといいます。

「目には目」ということで、刑法が有名ですが、実際は282条の文章のうち、
大半は現在の民法や商法などに属するものです。
結婚・離婚のルールも決められています。
また、このうち20条あまりが利息や金融に関するものです。
今から約4000年前の当時、すでに金融や投資が活発になり、
それによるトラブルや不正も増加していたようです。
当時はお金がまだ発明されていないので、現物になるのですが、
穀物ならば20%、銀ならば50%が上限とされていたようです。
(ちなみに少し後の時代、ローマ帝国でユリウス・カエサルが定めた
利息制限は年12%が上限とされていました)

利息制限に加え、金融事業でのルール違反には厳しい罰則がありました。
制限を越える利子率で貸した場合は、元本分を含め債権者はすべてを失う、
返済を受けた額を正しく記録しなかった場合は、返済された額の2倍を
債権者が債務者に支払わなければならない、債務者の同意なく差し押さえた
ものは無効なので返すこと
、などなど。
また、借金のかたに人質を取り、働かせることは認めるが、暴力や酷使の結果
人質が命を失えば、債権者は通常の刑罰を受けなければならない
、というのも
ありました。

こうした条文があるのは、裏を返せば多くの不正や
無道がまかり通っていたことの現れです。

金融は経済の活性化に欠かせないものである反面、
野放図にさせておけばさまざまな不正義を生み出してしまう、
だから利息率だけでなくさまざまな規制を行い、
特に強者である債権者に多くの責務を負わせるというのは

現代で見ても理にかなっていると思います。

自由な契約であるはずの金融をいかに公正なものにし、コントロール
するか、今も昔も、多くの人を悩ませる問題です。
金融を完全に自由にすれば、お金を借りられる人は増えますが
他方で多くの不公正を生み出してしまいます。
今の日本でも、ちょうど貸金業法改正が問題になっていますが、
借りられない人への対応は必要と思いますが、金融業そのものに
対しては、やはり一定の実効ある貸し出しルールと、債権者の責務を
定めなければならないと思います。
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2010年12月23日

歴史から

ふたたび当直中なう、です。
今日は小児救急の日なので先週のようにはいかず、
さっきまで患者さんが続いていました

寒くなってきたため、子どもも大人もインフルエンザや
感染性腸炎などのケースが増えています。
手洗い・うがいなど、みなさんお気をつけください。

さて、眠気と戦いながら政策をかたったりするととんでもないことに
なりそうなので、今日は自分語り。
プロフィールにもあるように、私の趣味は歴史です。

歴史が好きというと、よく「何時代が好きなの?」と聞かれます。
特別、この時代というのはありません。日本の戦国も幕末も好きですし、
三国志も好きです。フランス革命の時代とか19世紀も好きです。

私は時代を問わず、よりよい道を求めて悪戦苦闘する人のドラマが
好きです。
その中で生まれる法律や文化、哲学、また国や組織の栄枯盛衰も
深く考えさせられ、感じるものがあります。

一つ例を挙げれば、私が学生時代にすごく感動したものの
ひとつが「ハムラビ法典」です。
「目には目を、歯には歯を」という言葉が有名ですが、その言葉の
とおり、私も「怖い法律だな」と思っていました。
しかし、その法の背景や本当の目的を知ると、見方ががらりと
変わりました。

この法律は、復讐を奨励するものではなく、むしろ復讐を制限し、
法によらない私的な報復を戒めるものであったのです。
「目には目・歯には歯」というのは「それ以上の報復を禁ずる」と
いう意味でした。
平民や奴隷と言う身分による差はありましたが、全ての人が
この法の制約を受け、加害に対しては賠償責任を負い、
法によらない実力行使を禁止される、
そのことを通して、
「強者が弱者を虐げることがないようにしよう、
孤児や寡婦にも正義を実現しよう」というのが
この法の目的でもありました。
私はこのことにすごく感動しました。
これは『法のもとの平等』にもつながる考え方です。

相手が何倍も仕返しをする力を持っていては、不正や加害が
あっても、弱い立場の人間はものが言えません。
それでは『正義』は成り立たない。これは現代でも同じです。
ハムラビ法典の時代と違い、肉体的な報復は禁じられ、平民、奴隷
などの身分差もありません。しかし、強者と弱者は厳然と存在します。
職場における人権侵害がなかなか減らないなど、力関係ゆえに
そのままになっている不公正・不正義が多々あります。
平等とは、単にみんなが同じ権利を有しているというだけではなく、
弱い立場の人間と強い立場の人間が対等に話ができるようにする
ことであり、強者の側に、より強い自制が求められます。
自制できないのであれば、外的に規制しなければいけません。


歴史とは、今の社会を考えるのに参考となるような、先人の
試行錯誤がたくさん入った至高のデータベースだと思います。
単なる暗記で終わらせるにはもったいない宝箱です。
posted by 向川まさひで at 05:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする